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深沢小屋会報2016年11・12月号
 

ようやく、涼しくて秋らしい気候になりました。会員の皆様はいかがお過ごしでしょうか。今年は松茸が豊作で、山では沢山採れています。山梨の松茸ポイントに行ったら、一度に10本採れた日もありました。
 
そろそろ紅葉も始まり、山歩きには最適な季節です。11月の行事にも是非ご参加下さい。
 9月に新しい会員の方を迎え、現在会員は157名です。

9・10月の活動報告

キノコ採り体験
 9月15日(木)に行ったキノコ採り体験には、6名の方が参加して頂きました。9月に入っても暑い日が続き、キノコの発生もかなり遅れていましたが、山梨県の金峰山方面に出掛けました。柳の木から発生するヌメリスギタケモドキや、カラマツの木の根元に出るハナイグチ、その他、クリタケ、ヤマブシタケ、ハタケシメジ等を採ることが出来ました。毎年参加者の多い行事ですので、今後も続けていきたいと思います。
  
10月に予定していたゴルフ大会は参加希望が無く、中止になりました。

11月・12月の行事予定

オータムハイキング(金比羅山)
11月17日(木)13時武蔵五日市駅集合 16時解散予定 
8名まで 参加費500円
 
金比羅山は、ナイトハイクでも登っている山で、小屋から一番近い山です。山頂の先のビューポイントから五日市、多摩、天気が良ければ都心の景色が望め、木々の紅葉も楽しめます。金比羅山に登った後、「山抱きの大樫」と「千年の契り」という2つの巨木を巡るツアーです。どれも短いコースですので、お気軽にご参加下さい。

オータムハイキング(今熊山)
11月24日(木)13時武蔵五日市駅集合 16時解散予定 
8名まで 参加費500円
 
ミツバツツジで有名な今熊山ですが、山頂からの眺めも良い山です。麓の小峰公園に車を停めて出発し、登頂後には金剛の滝も巡ろうと思います。山頂までは、ゆっくり歩いても1時間程ですので、どなたでも気軽にご参加下さい。秋の紅葉とハイキングを楽しみましょう。

ナチュラルリース作り
12月8日(木)13時集合16時解散予定 8名まで参加費500円
自然の素材(蔓や木の実)を使ってナチュラルリースを作ります。蔓を巻いて輪を作り、グルーーガンを使って松ぼっくり等の木の実を付けて作ります。素朴なリースが出来上がり、年間通して飾っておけますが、クリスマスの飾りにも利用出来ます。

忘年会
12月15日(木)12時集合15時解散 1人3000円(飲み放題付き) 今年1年を振り返り、会員の方々との交流を楽しみたいと思います。奮ってご参加下さい。

ナイトハイク 
 
この他、満月の夜にナイトハイクを計画しています。月明かりの道を歩いたり、五日市や東京の景色を望めるビュースポットで、満月を正面に見ながら夜景を楽しみたいと思います。
 
11月14日、12月14日を予定しています。
18:00武蔵五日市駅集合 21:00解散予定 夕食付き1500円

 
来年も様々な行事を計画したいと思います。参加のご希望がありましたらご連絡下さい。090-5192-0779(長山携帯)又はkeiryuheiko@softbank.ne.jp(長山メール)まで

★★★秋の深沢小屋音楽祭★★★

11月13日(日)1時開演参加費1000円+オーダー(300円~)
 
前回の会報で予告した秋山登志夫さんのライブイベントですが、11月13日(日)に行うことになりました。当日は秋山登志夫さんのソロ(リズム&ブルース)の他、2グループが参加します。小屋番の長山も、素人ながら前座としてオリジナル曲を歌って出演したいと思いますので、是非ご参加下さい。
 
当日の送迎はありませんので、車又は徒歩、タクシー等でお越し下さい。参加ご希望の方は、深沢小屋又は長山までご連絡下さい。  


好きな言葉 
 好きな言葉が幾つかある。

「70にして己の欲する所に従えども則を越えず」
自分で思った通りの行動をしても、誰にも迷惑を掛ける事は無くなったという意味だろうか。中学か高校の古文で習ったのだろう。孔子だったか誰だったか忘れたが、初めて聞いた時に痺れた。もし全ての人がこの境地に達したら、世界中が平和になって、戦争なんか起きる事はなく、誰1人不幸になることは無いと思った。70才まではまだ15年有るが、こんな心境に達するのはとても無理だろう。でも、己が欲しなくても、則を越えないように気を付ける事は出来るかもしれない。

「男は黙ってサッポロビール」
ビールの宣伝文句だが、何故か気に入った。高校の時は、定期入れの裏に座右の銘として「不言実行」と書いた紙を入れていた。ビールの宣伝文句と違うじゃないかと言う人もいるかもしれないが、ニュアンスは一緒だ。高校1年の時、好きが高じてクラスで悪戯をすることになった。先生が教室に入って来た時に、生徒が1人教卓の上に胡座をかいて座っている。先生が来ても黙って腕を組んでいる。何を言われても黙り続け、暫くしたら「男は黙ってサッポルビール」と言う事になり、じゃんけんで柔道部の奴が負けた。柔道着を着て実行したが、クラスではそれ程受けなかった。男のロマンが分からない奴が多かったようだ。
小遣いを節約する為にキセルの常習犯だったが、駅員は顔色を見ているだけで定期など殆ど見ていないので、どこの駅でも堂々と定期を見せて改札を抜けていた。ところがその日、定期に書いてある通りの駅で降りたのにも拘わらず駅員に腕を掴まれた。「何だそれは」と言われて定期を見ると、「不言実行」と書かれていた。
「間違えました」と言って裏を見せて事なきを得たが、いつも黙ってキセルを実行していたので、思わず苦笑してしまった。

「ピンチはチャンス」
教員をしている時、卒業アルバムに書いた言葉はいつもこれだった。自分でもこの言葉は自分の人生に役立っていると思う。最近「ポジティブ」とかいう言葉を耳にするが、積極的と言うよりも前向きと言える生き方だと思う。苦しい時程自分を活かすチャンスという事だ。今年の冬はバイトで雑工をやって、毎日建築現場でセメントや砂袋、コンクリートタイルを運んだ。自分から筋トレをやる事もある位だから、これはお金を貰って筋力も付けられる一石二鳥の仕事だと思って続けた。
小学校の時にお世話になった先生が何年か前に半身不随になり、中国へ行って治療を受けると聞いたので手紙を書いた。中国は囲碁の発祥の地で一度行きたいと思っていた場所だから羨ましい。治療とはいえ、中国に行けるのは良いですねと。そして、自分だったら、目が見えなくなったら歌手に、耳が聞こえなくなったら棋士に、足が動かなくなったら画家になりたいと書いた。でも、気持ちが伝わったかどうかは分からない。
「明日のジョー」というアニメがあった。矢吹丈が金串?だったか強敵と戦った時、相手の生い立ちを聞いてびびる。食うや食わずの環境で育ち、最悪な状況で生き延びてきたからどんな逆境にも負けないと言う。しかし、本当のライバル力石徹は、自ら厳しい減量とトレーニングに立ち向かいそれを克服した。環境よりも意志の強さが本当の強さだと知って恐怖心に打ち勝つ。そんな話が印象的だった。   
向こうからやってくるピンチを有り難いと思うより、自ら作り出すピンチの方が遙かに価値があるのだろう。

幸せ 
 大昔の人と今の自分のどっちが幸せかと聞かれて、答えられる人はいるだろうか。確かに寿命が延びて、美味しい物が食べられて、今の方が幸せだと思う人は多いだろう。だけど、生きるか死ぬかの瀬戸際で精一杯生きた人の一生も価値ある物だろう。その先祖達の苦労があってこその今がある。一瞬一瞬をギリギリの所で生き抜いた人の人生は、輝いていてこそあれ、決して不幸とは言えないだろう。
 自殺する人が後を絶たない。何故だろう。大昔にも自殺はあったのだろうか。現在ともっと前の自殺率を比べたら、どっちが多いのか聞いてみたい。生きる力みたいな物が薄れているのだろうか。便利になったり、暇な時間があったりする事が本当に幸せなのだろうか。自分では今の暮らしが幸せだと思うが、何かと比較できる訳でもない。誰もが最後まで生きる力を発揮して、必死で足掻いて生きて欲しいものだ。
 「乞食と王子」という話があった。乞食は王子に憧れ、王子は乞食に憧れて交換してみるという話だったような気がするが、人の一面を的確に現しているのかもしれない。無い物ねだりは禁物だ。人を羨んだら誰も幸せにはなれない。今ある自分の命に感謝して精一杯生きたいものだ。
 誰が書いたか忘れたが、「今生きているということ」という詩があった。小室等がその詩に曲を付けて、10分近くもある歌になった。始めて聞いた時に感動した。生きるとは、美しい物、共感できる物、好きな物、そんな物を求めて一緒に生きることだという内容の詩だったと思う。
 モンゴメリの「赤毛のアン」には涙が出た。生きる事はどんなに素晴らしい事かと思えた。どんな環境にあっても、どんな人生であっても幸せを求めて生きる権利があると思える。
 自由と我が儘は違う。幸せとは周りの人の幸せと共にある。周りの人の幸せを願いながら、自分も幸せになりたいものだ。と、ここまで書いて、何だか宗教的になってきたと反省しました。自分は宗教を持っていないが、宗教に依って幸せを感じている人も多い事だろう。でも、その心理を利用してお金を稼ぐ人もいるのは事実だ。それでも、お互いに幸せならば、持ちつ持たれつの関係が成り立っているから良いのかもしれない。
 「働く」という字は、人が動くと書く。でも、もしかしたら、人の為に動くという意味かもしれない。悪事を働くとも言うが、字が間違っているような気がしてならない。働くとは、お金を稼ぐ事だけじゃない。専業主婦として家庭で家事をしている人も多いが、家族の為に立派に働いている。人の為に働く事も幸せの絶対条件だろう。
 金持ちの人がガードマンを雇って、子どもを誘拐から守ろうとする。お金は有ったら有ったで苦労が付いてくる。宝くじが当たった人は、周りの人に知らせるのだろうか。生きる為のお金は必要だが、そんなに沢山無くてもいいんじゃないかと思う。
 幸せとは、個人の価値観による物なので、強制したり、これだと断言できない物だ。でも、是非多くの人が幸せを感じて欲しい。戦争や飢餓や難民や憎しみ等の苦しみから解放されて、世界中の人が幸せであるように願ってやまない。